
唐草文様を描き続ける
唐草文様へのこだわり
スタートの頃から今まで、本当にたくさんの器に筆を走らせてきました。同じように見える文様でも、一枚としてまったく同じものはありません。その時々の筆の動きや器の形によって、少しずつ表情が変わっていきます。
唐草は、植物が伸び、枝分かれし、また新しい芽を出していく姿を思わせる文様です。私はその中に、自然の生命力や、つながっていく命の流れを感じています。
筆を動かしていると、頭の中には植物や風景が浮かんできます。そんな景色を思い浮かべながら描いています。
もちろん、昔の器や伝統的な唐草文様から学ぶことはたくさんあります。でも、そのまま写すことが目標ではありません。
長い時間をかけて筆を重ねるうちに、自分の手の癖や感覚が少しずつ積み重なり、「どこにでもありそうで、どこにもない文様」が生まれてきます。私はそんな文様を目指しています。
日々の積み重ねの先に、自分らしい唐草が少しずつ育っていくのだとおもいます。
マンガン唐草が生まれたのは
マンガン唐草が生まれたのは、酒壺づくりの窯元「眞正陶房」で働き始めた頃のことです。
当時は、素焼きをせず、生の器に直接絵付けをする制作方法でした。表現には、いくつかの制約があり、しっかりとした還元焼成で焼く酒壺と同じ窯に入る器は、私が使っていた色釉も思うようには発色しませんでした。
そんな中でも、沖縄で採れるマンガンだけは、とてもきれいな表情を見せてくれました。
「この色を活かしたい。」
そうして生まれたのが、マンガンを背景に使い、ろう抜きや撥水抜きの技法で唐草を表現する、今のマンガン唐草の原型です。
思い返してみると、制約があったからこそ生まれた表現だったのかもしれません。
そうして、マンガンを背景に唐草を浮かび上がらせる、私なりの唐草文様の器が生まれました。

